ナツメナツメ言ってばかりいるせいか「かんそう」の一発変換が「乾燥」です。
ああナツメ乾したい。
というわけで漫画の乾燥です。
濡れるとふにゃふにゃになるので要注意です。
一部硬くなったりしますしね^^
という御託は置いておいて、
めだかボックスは戦挙の途中から読んでおりませんでした。
お母さん+善吉君vsくまがわ君+むかえちゃんが始まったあたりでぷつりんこ。
今回11巻まで読みましたが、むかえちゃん本当に良かった(´;ω;`)
「わたし 死んじゃった方がいいのかなあ」
のところべそったのぜ;;
美味しいお味噌作ったらいいよ!
めだかボックスは設定が色色な意味でぶっ飛んでいてシュールではありますが、落ち着いて第三の目で見てみると現実に稀によくある人間関係の問題、
その関係を築こうとする、あるいはしない時に生じる、生じている、気付けていない問題がぴょこぴょこ描かれているようです。
漫画なので表現はもちろん漫画になるわけですが、例えるなら胡椒がききすぎて辛い牛肉を食べたのを、胡椒がききすぎて肺を爆発させる威力を持った2000年生きた牛の肉を直接胃袋にぶちこんだ、みたいになっているわけですね。
違いますね。
人は誰一人として同じではなく、人は誰一人として違わない。
これは大いなる矛盾です。
「生きていること」を人間が獲得している言語や感覚、倫理法律etcでは表現しきれないのかも知れません。
誰もが知っている当たり前のこと、自分と、あなたと、彼がいる世界で、あなたとどう付き合うのか、彼とどう付き合うのか、そして自分とどう付き合うのか。
チョコレートが好きな人もいれば、大嫌いな人もいる。
一般に赤と呼ばれている色と一般に緑と呼ばれている色の区別がつかない人がいて、
同じ症状を抱えているのに一人はそれに困っていないこともあれば、別の一人は大変難儀していることもある。
世間は人の数だけあるくせに、世界はたった一つしかないと認識して生きていこうとすること。
世間が沢山あるんだと知って、李恢した上で(何故か変換が)同じ世界で生きていくことを選択すること、は人間として生まれてきたことへの証明の一つではないかと思いました。
ぐちゃごちゃ言いましたが、くまがわ君は自分自身に勝てたようです! これからもまた自分に負けることも多々あるでしょうが、エロい人も言っています。
勝敗は兵家の常と!
というわけでめだかちゃんとくまがわ君がなかなかよしよししているのが大変萌えますたまらんですハァハァ
お互い愛してるって言いながら殴り合っている所最高でした!
わたし殴り愛とか殺し愛とか大好きです!
エアマスターというタイトルの漫画だったと思うのですが、作中に衝撃的な発言がありました。
男「俺、お前を愛している。だからお前より強くなりたい。けれど、俺より弱いお前は許せない、殺したい。解ってくれるか?」
系のことを言われた彼女、
女「かかってくるがよい!」
的な流れになって殴り愛が始まりました。最高でした。
IGPXというプロダクションIGのアニメでも、大好きだああああって叫びながら殴り会う男女がいました。最高でした。
愛してるから戦う。
愛してるからぶっ殺す。
別に殺したいわけでも壊したいわけでもない。
全身全霊で相手にぶつかりたい、相手と対峙したい、本気で、真剣で、全力でいたい。
その気持ちが愛なのですね!
という感じで最高でした。
好きと嫌いは同じものだとエロい人も言っていました。
めだかちゃんもくまがわ君も、お互いのことが大嫌いで大好きだったんだなあ(´ω`*)
ほんと二人ともそっくりだしww
みそぎ×めだか も美味しいのですが みそぎ×もがな も美味しい。
めだかちゃんが「くまがわが好き」なのではなく「人が好き」だからこそくまがわくんは絶望したりしたのだろうなあ。
めだかちゃんも誰かを好きになれるといいなあ。
めだかちゃんのことが好きな分くまがわ君の方が一歩先を行っているのかな。
それにしてももがなちゃん可愛いよもがなちゃん。
ちゃん付けの呼び合い半端ないっす。可愛いっす。僕も一緒に登下校したいっす。
もし、ぽっと出の中学生とくまがわ君がいちゃこらし出したら泣くw
くまがわ君のキャラじゃねえええええええええ
そしてJC共にボコスカにやられているくまがわ君はギャグ以外の何物でもなかった。
滅茶苦茶危機的な状況で脂汗出る描写、展開のはずなのに笑ってしまった。
濃硫酸あびせられてるのに読者の笑いをとれる彼はすごい。とてもすごい。
展開を観るにつけ、作者さん途中から段々くまがわ君のこと大好きになったんじゃないか、と思いますw
それでなければ編集か。
ちょっと展開強引だったおね。
とりあえずめだかちゃんかもしくはもがなちゃんのおっぱいにダイブするくまがわ君が見たいです。
二人の女の子はどんな反応するのかなあ(´ω`*)
あと、めだかボックスが思い出させてくれたのは、子供の頃の喧嘩とその後のこと。
喧嘩してもごめんって言って仲直り出来る、酷いことしてもごめんって言って許してくれる、
子供って心広いよなあ。
そんなことより明日一緒にカラオケ行こうぜ! ってなれるあのパワフルさ。
人はいつの間に失うのでしょうね。
続きまして、貧乏神が! の話。
編集が変わったとのことですが、それが顕著に出ていましたねえ。
貧乏神が! という漫画は女の子がいっぱい出てきて女の子同士であれやらこれやらあっはんうっふんして(ry
少しずつ大事なものが増えていって成長していく主人公達をほんわか見守れる素敵な漫画なのですが
何しろ女同士の友情で、主人公に出来た初めての大事な友人達なので、S要素もあるのです。
百合というにはあれですが女の子というのはいちゃいちゃにゃんにゃんし合って可愛いものなのです。
ですが、作品としてはそれを狙って押し出したりはしていませんでした。
むしろ、キャラクター達の些細な行動に読者が興奮出来る仕様。
妄想という名の強き翼を自由に羽ばたかせる場所を与えてくれる漫画だったのです。
素晴らしい漫画というのはそういうものだと思います。
想像の余地がある!
しかし、編集が変わったためでしょうか。
明らかに百合を狙ってきました。
最初から提供された百合って美味しくないのですよね。
もしかして、ひょっとして、と想像するから楽しいのであって、
これはこうかも、あれはそうかも、と解釈してみるから楽しいのです。
初期段階から作者さんは百合っぽいところを勿論認めてはいましたが、それはメインではなく要素であり、作品世界でネタにもされている代物だったのです。
なんか違うんだよなあ。ちょっと味がしつこい感じになっていました。
まあわたしは百合大好きですけれどね。
でもメインはそこではないので。
例えば某トラブルという漫画は学園での日常がメインテーマではなく中学生のエロエロでした。学園生活はサブの役目なのです。
貧乏神では主人公いちこの成長こそメインで百合はおまけのポストカードであり、受け取った読者が妄想発展させるものでした。
なのにポストカードをメインと並ぶような位置にまでもってこられると正直萎えるんだぜ?
やはり漫画において編集というのは大事なのですね。
某漫画は編集が変わった途端に下ネタまみれになりましたし、
某漫画は編集が変わった途端に今まで面白かったのが更に面白くなりましたし。
あとバクマン読みたいのですが、福田×蒼樹嬢派だったので平丸君とくっつかれてしょんぼりんこです……。
平丸君大好きですが蒼樹さんは福田さんといちゃこらしてほしかったよ!!!
乙嫁語りはひたすらスミスさんがかわいそうでした。
あの女の子もかわいそうだけどスミスさんかわいそう。
仕方ないね、しきたりだもんね。
でもあもりもの不憫っぷりで読後の後味悪いです;;
きっとスミスさんは、最初の時逃げたりしなければよかったって、この先ずっと後悔し続けるんだろうなあ。
せめてあの女の子が幸せになれますように。