こんにちは、わたしです。
人格もお脳もおおむね破綻しています。
サマーウォーズの若干ネタバレな話になってしましますが、おばあちゃんの言葉
「一番いけないことは、お腹が空いていることと一人でいること」
つまりみんなでご飯食べろってことですね。
久し振りに大勢、とはいかないまでも、数人でご飯を食べるとなんだかよく解からないですが嬉しい気持ちになりますね。
やっぱ料理とか一人でやるより二人でやるほうが楽しいかもー。
いやそれでも台所は俺の城だぜお前ら出てゆけ。
何を言っているんだ。
つまりエビのセワタ抜くのがちょっと楽しかった。
エビウマー( ゚д゚)
はい、
というわけでね。
とち狂ったので「孔雀東南飛」やっちゃいます。
多分読み方は「くじゃく とうなんに とぶ」なのでしょうけれどわたしは「くじゃくとうなんひ」と読んでいます。
くじゃくとうなんひ かっこいくね?
なんか奥義の名前みたい。
絶・孔雀東南飛! とか叫びながら矛落としをかましたりするわけです。
ちょっとかっこうよくね? はいはい厨二病厨二病。
因みに3onの孔雀は嫌いでした。だってきもいもん。正直に言えば怖かったもん。
もんもん。
とりあえず
「孔雀東南飛」とはなんぞや?
ぐぐったりウィキったりすればすぐベーンと出てくると思うのですがてこてこ書いてみるおヽ(゚∀゚Ξ゚∀゚)ノ
『孔雀東南飛』は端的に言いませば漢詩です。
『玉台新詠(ギョクタイシンエイ)』という中国の書物に収められています。
原題は「焦仲卿妻」。もしくは、この詩の第一句をとって「孔雀東南飛」と呼ばれています。
さっきからわたしが連呼している「くじゃくとーなんひ」は詩の第一句目の文言なわけですね。
詩の前にこんな一文がございます↓
作為焦仲卿妻 幷序→焦仲卿の妻の為に作る、並びに序
続けて序文。面倒だから訳文↓
漢末の建安年間(196~220年)、盧江府(安徽省盧江県)の小役人焦仲卿の妻劉氏は、仲卿の母によって里に戻され、再婚すまいと自ら誓っていたが、家族に再婚を迫られ、やむなく投身自殺した。
仲卿はそれを聞いて、これまた庭の樹に首をつって死んだ。時の人はこれをいたみ、詩をつくったということである。
はい。嫁いびり物ですね。
お涙頂戴系なわけですけれども、内容はそんなこともないです。ひたすら綺麗だし淡々としていて、でもそれが辛いというか怖いというか。
歌物語といった感じで日本のもので想起するなら伊勢物語、外国だとSAGA? まあ伊勢物語よりわたしはこれを読んで竹取物語を思い浮かべました。
日本最古の虚構物語。
宮中生活を男の視点と思われる筆振りで描く超大作。
しかも月の姫とか出てきちゃうSF。
まあ「孔雀東南飛」はノンフィクションなわけですが。
どちらかと言うと事実を元にした虚構作品なのかな。
ところで建安年間と言えば我らの愛する三国志な時代真っ只中でございますよヽ(゚∀゚Ξ゚∀゚)ノ
もうそれだけで燃えるぜ! ヒャハー!
詩で語られる出来事はは建安年間とされているわけですが、六朝時代(建安年間より後代)の作品とする説もあれば、古くから語り伝えられてきたものだという説もあります。
むかしむかしの物語を、建安期にどこかの誰かがリメイクしましたみたいな感じでしょうか?
因みに「孔雀東南飛」は作者未詳です。そこがまた語り継がれてきたものっぽさをアッピルしていますね。
建安年間と言えば中国文学史的に大きな動きのあった時代ですね。
五言の詩の形態が文壇で正式な詩の形式として認められ様々な作品が生まれ、それまで作者と作品の繋がりが不明瞭だった作品が多かったのが、作品と作者が解かるような作品が多くなり、よって文学批評なんかも盛んになる土壌となりました。
その批評の土壌というのはこの頃流行った「月旦」も影響しているわけです。人物批評大好きな皆さん。ヒャハー!
僕らの王子様ぴーちゃんこと曹丕様は、それまで民間歌謡の形式として文壇に登場しなかった七言形式の詩を文壇で発表しちゃったりもするのです。
ガチ先駆じゃないかもしれませんが、新しい息吹を吹き込んだことは間違い無い。きゃーぴーさますてきー! キャーピーサーン!
そんな曹丕や曹操様が当時「孔雀東南飛」を読んだり聴いたりしていたかもしれないと思うとわくわくしてきませんか? きませんか。わたしはします。
感性刺激されたり二次創作していたかもしれないわけですよ。ヒャッハー!
さて。
一体どんな落ち度があったのか、姑にいびられる劉夫人と、それでも俺はお前が大好きな焦さんですが、
嫁が大事なら里に帰させるな?
それがどっこい、当時は親に逆らう=死罪だったのであります。
中国の国教となっていた儒教では、速い話「親は子供殺してもいいけど子供が親殺すのは死刑ね」です。
親は絶対権力者。人生の意味とは孝を成すこと。
一番の親孝行とは子孫繁栄です。
このことは宗族制という古代中国の宗教と言いますか国家運営法みたいなものに繋がるところがあるのですが割愛。今度やる。
とりあえず、親にはむかうとか絶対ありえなかった、選択肢に有りませんな時代だった、ということが重要なポイントです。
ネタバレしちゃうと、焦さんは母上に意見しているのです。
これはとんでもないことなのです。今の日本ですとうるせーばばーとか当然のように日常会話で言っているかも知れませんが。繰り返しますが当時の中国ではアリエマセン。
礼を失するとか親不孝とかそれ以前の問題なのです。呼吸するしないくらいのlvです。いやちょっと大げさかもです所詮わたしの言うことなので鵜呑みにしない方が吉です。リア充ばくはつしろ。
それなのに親に反対意見を申したとはつまりどういうことか?
焦さんがそれだけ劉夫人をあいしていたということなのです。
これを知っていると息子がおかあちゃんにちょっぴり文句を言うというただそれだけの日常的シーンがこの上もなく緊張感溢れる生死の瀬戸際刹那の愛よ永遠なれみたいなシーンに変わるわけです。
予備知識って大事ですね。
まあわたしのブログネタなので残念クオリティなのが残念です。ごめんなさい。
というわけで次回から本編。多分ね!
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