3onが終わって、ズーミーも無くなって、大事なものを次々と失っていくこんな毎日も、いつか大事な思い出となるのだろうか。
昔の苦しかったことを、今は懐かしいと思えるように。
どれだけ待っても、愛した世界には戻れないけれど、それでもわたしはいつまでも、あの世界とみんなを想い、胸を焦がしています。
たとえ今見る影がなく、存在したことすら否定されていても、ここに美しい時代があったことをわたしは知っている。決して忘れない。3onを。
めめしいぜえ。
と言うわけで振り返ってみよう合戦ヽ(゚∀゚Ξ゚∀゚)ノ
前回の記事でどんなこと書いたかとかはもうどうでもいいよね!
よくねえよ!
はい。
すったもんだはありませんでしたが、主力同士のド派手なぶつかり合いに憧れていたわたしは
己の非力さは棚に挙げつつ、当時猛威を奮っていた蜀軍に対し少しでも障害と成り得れば! と尊大な夢を抱いて
対蜀戦では鬼神連合に入れて頂くようになりました。
淵舞を発足させた淵舞盟主のKさんは、リアル事情で若干引退気味になることに対し、残された部曲員の皆さんの合戦における身の処し方の一つとして鬼神連合さんを紹介します旨のことばを残してゆかれましたが、
まったくもってわたしは鬼神連合がどういうところかどんな人達なのか知りませんでした。
自国内にどんな連合があって何をしていて……などということを全く知ろうとしないままプレイしていました。ばか!
自国ですらそうなので他国のことは拍車をかけて知りませんでした。
もう本当にとにかく何も知らない状態でドボンと飛び込みました。
準備運動くらいして!
しかし連合というものがどういうものなのかは李恢出来ました。
李恢出来たと言い張る。
それは非常に楽しく、新しい世界でした。
盟主の指示に従い迅速に行動し、盟主の考えを読んで戦う。
わたしには盟主の考えを読むなどという高等技術は出来なかったので、指示に従うのに必死で、
出しゃばりだろうかと若干ほんのわずかに心配しながら把握した戦況を報告し
索敵をしては陣詠唱に遅れて心の中で百回ごめんなさいを唱えたりしていました。
そうこうする内に自分で戦況を考えたり見たり分析したり判断したりということは全くしなくなっていったようです。
初期のログを読むと、自分で意外なことに、このわたしは自分でそれなりに推察等したりと、頭を使って考えて行動していたようで、
後年になるにつれどんどん馬鹿になっていったように見えます。
残念ながら、最初から馬鹿です。
ですが、戦況把握を盟主に全部任せて自分は全くなにも考えなくなっていったのは事実のようです。
判断は盟主に丸投げが当然正しいと思うのですが、戦況把握は自分も積極的に行うべきだったろうと思います。
それで何がどうなるとも思えませんが。
そうやって考えることをやめたせいもあるのか、盟主さんがなぜ敵を見つけられるのか、いるところに連合を導けるのか、ドンピシャのタイミングで発動命令を下せるのが最後まで解りませんでした。
最初から馬鹿だったのだから解らなくて当然ですが。
わたしに解ろうが解らなかろうが関係ないのですが、それでもやっぱり解りたかった。
わたしも解りたかった。
だって悔しいじゃん!
みんなに見えていたものをわたしも見たかった!!1
連合に参加して戦うようになったことは、良きにつけ悪しきにつけ自分の頭で考えて行動するという選択肢をわたしから消去させました。
連合員として戦うようになる以前は、自分の判断で、「ここは死ぬとも敵に飛び込んで罵倒! 布のみんなを逃がす!」なーんてことをしていたのですが
連合員となったてからのわたしにとっては、とにかく生還第一でした。
よく死んでましたけどね!!!!!!!!
自分が見つけた「機」よりも、盟主が指示する「機」が重要でした。
それはどっちが上どっちが下、どっちが良い悪いということで語られる内容ではないと思います。
確かに、しがらみなく一個として勝手に行動し機を見つけて戦うのは楽しいでしょうしPSも上がる気がします。
PPになるチャンスも多分に含まれていると思います。
しかし所詮一個は一個、一人は一人、一人が動かせるものなどたかが知れており、むしろ一人では何もできません。
かと言って、その一人がいなければ何も出来ないという事実もあります。
一人では何もできない、でも一人がいなければ何もできない。
そして、一人じゃないからといって何かが出来るわけでもない。
合戦という状況の中で個個が選ぶ道はまさに千差万別、その中でわたしが選択したのは連合員でした。
果たして連合員として最良の戦い方が出来ていたのか、それは自分で点数をつけるとしたら零点なのですが、
なんて駄目な奴だ貴様は!
なのですが、目的のある生はどの道の上にあっても輝くものだと思います。
せいいっぱい渾身の力で輝けるかどうかは個人の問題ですが。
なんと残念なわたし!
色んな選択肢が転がっている中で選んだこの道で、もっと沢山工夫も努力も出来ただろうにと後悔ばかりですが、わたしはそれでも誇らしく思っています。
自己満足!!!111
とか言いつつついてまわる一番の後悔は「もっと李恢したかった」ということ。
絶対李恢できてなかったよねわたし!!! 匹夫め!!!!!11
そういうわけでアイオンショック、蜀は相変わらず大人数、呉民の大量流失、魏はいつだって寡兵そんな時期。
アイオンショックはどこの国もまともにくらってあえいでいました。
勝利する為には更なる結束、戦力の集中が必須でありました。
「せめてかつ」「まえのめり」「脳筋」の精神の下戦い続ける魏民。
一期の栄華と、それによってより一層つよく刻まれた二期の暗黒。
呉国から強大戦力を引き抜いたことも大いに影響して、三節魏は二度目の優勝を果たします。
貰ってもうれしくない金印をその手に掴み。
一雑兵でしかなかった、雑兵で有り続けたわたしの目には、戦場で何が起きていたのか結局解らないまま、だったと思います。
蜀のどこまでも永遠に続くかと思われる長い行列、
呉の高火力城壁連合、
一進一退、互角の戦い、或いは圧されたりもしつつ
毎度毎回わたしは魏が最強だと信じて疑わぬまま合戦に参加し続けました。
いや、戦績を見ろ。ボロ負けしてんぞ!
なのに魏が三国の中で一番強いと思い続けていました。
雑兵の目には、魏軍があもりにも頼もしく、強く、格好良く見え続けていたのです。
淵舞一筋だった頃はうっかり盟主になることもありました。
そんな時、どうすればいいのか解らなくて、とりあえずコバンしとけばいいんでしょ、と邪気連についていきました。
一瞬で見失いました。
荒野でした。
鬼神にもコバンしました。
こちらは発動を合わせやすかったです。見失うことも滅多にありませんでした。
それよりもっと前、Kさんがリアルそんなに忙しくなかった頃は、祝福や護りを内蔵しない連合として動いておりました。
お世話になっていたのがとりまる連合です。
護りを何度ももらいました。当時は護りの意味が解っていなかったわたしですが。
わたしは雑兵だけれど、PO一期の頃からずっと泰山魏を見つめ続けてきました。
見ていただけで李恢できていなかったと言われたら返す言葉もございませんが。
まあ実際どんな連合がいて何をしていたとか把握していないわけですし!
木を観て森を観ずな感じもあったと思いますし逆もアリアリですけれど!
合戦前の作戦会議、合戦後の反省会試、行錯誤とその成果の現れる実戦。
そして愛。
それがあったらもう無条件に魏最強と思っちゃいますって。
わたしだけか。
鬼神連合に入れて頂くようになったわたしは、自分が役に立っているのかいないのかが益々どんどん解らなくなっていきました。
罵倒あたってた? 今の行動意味あった?
そんな自問を繰り返す日々。
フレに言われたことには「欲が出てきたんだね」。
欲を出す程にわたしはやることやっていたのかと自分でもめっちゃ思いますが。
ああ、誰かに、「役に立っているよ」と言われたい。「助かったよ有難う」系の言葉をかけられたい、という思いが一段と強まりました。
撃破Pもk数も人並み以下どころか路傍の石以下のわたしは、自分がどこでどう戦ったのかという指標を求める場所が解らず、常に気にしていました。
看板には当然乗らない、ポイントも稼げていない。
載っていたり稼いでいればそれは「働いている」ことの証明にもなろう、だが載っていないわたしはごくつぶしなのか?
いやいやそうではあるまい、あの採点方法では評価できない大事な仕事が沢山あるんだ。
ならば、わたしだってその見えない部分で役に立っているのかも知れないじゃないか!
とGニストする毎日。
看板の順位を競い合うフレを観て、「そんなの気にしてなんになるの?」と嫉妬する毎日。
イエス、羨ましかったのです。
わたしは性根がねじけているので看板上位者をすごいと素直に認めませんでしたし、載ったからといってすごいとは思おうとしませんでした。
なんて嫌なやつ!
わたしは看板に載らない、載れないと決めつけ、でも載りたくて載りたくて仕方が無かったのでしょう。
載れなくっても載らなくっても俺はすげえんだ! 看板なんてなんの意味もないんだ! と、一々自分に言い聞かせなくてもすむように
わたしは「役に立っている」ことをしようと必死でした。
解りやすさを「看板」ではなく「別の何か」に求めただけなのにね。
おばかさん。
その辺りの醜い葛藤無しには振り返れない部分なわけですが、「連合員としてちゃんと働けているのか?」という課題。
ここまでぐだぐだ懺悔してきましたが、答えは簡単。
「そんなものは自分で決めろ」
です。
他人に評価してもらうことは簡単です。
でもおまえそれでいいのか、と。
自分で自分に納得できるほど自分を磨けよ、と。
それで明後日の方向にいっちゃったら駄目駄目駄目んなわけですが。
そもそも「役に立つ」とか「仕事する」とかおこがましい考えにもほどがある。
何が出来るというのだ? 何もできはしないのだ。
自己実現なんていう自分との闘いは勝手に独人でやってればよろしい。
「連合の一員として何が出来るのか、何をすべきか」というのと
「役に立てているのか」ということは全く関係ない。
前者は役割、後者は自分へのご褒美。
ご褒美が欲しくて戦うのか貴様は!
でも結局わたしはずっと「役に立てているのか」という無意味な問いをし続けたのでした。嘆かわしい。
その辺から脱却するのは、当時のわたしにも今のわたしにもなかなか至難であるようです。
もっと人間として成熟しなければですね。
3on2(仮)が始まる頃にはもっと成熟した人間になっていたいと思います。精進します キリッ
そんなわけで自己実現とかいういらんことを模索したりもしちゃいながら、わたしは鬼神連合で戦うことがどんどんどんどん楽しくなっていきました。
呉戦では空気嫁連合に入れて頂いていたのですが、蜀戦で鬼神に行く度ぽろぽろと聞かれる呉戦での戦い振りを生で知りたくなって
とうとう呉戦でも鬼神連合に入れて頂くようになりました。
わたしにとっては、一番居心地がよくて、一番合っている連合でした。
ずっとここにいたい、一緒に戦いたい、と思ったのです。
と言いましても他にも沢山あった連合さんの全ての戸を叩いたわけではありませんが。
本当にもっと沢山の連合さんに行けば良かったと思います>< それも大きな後悔。
わたしが鬼神連合で最高に幸せに戦っていたその頃、空気嫁連合では色色な問題があったようで、トラブルメイカーかつ喧嘩大好きで問題をひっかきまわすのが得意なわたしはwktkしていました。ごめんなさい。
白チャで喧嘩売りにいったこともありましたね済みませんでした!!!
鬼神連合の一人として戦える喜びを知ったわたしは、そのまま魏の勝利をみんなで喜ぶに至りました。
空気嫁連合は三節を以て解散ということになりました。
四節でもわたしは引き続き鬼神連合に行こうと決めました。
しかし、魏の連合枚数がガクンと減ってしまう事態になりました。
次回からは愈々四節中の話になります。
と思います。
自分でも何を言っているのか解りかねますが
三國志Online大好きです!
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