愈々迅速に答えろ~激討論会の件ですお。
書き難いんでござるよねえ。
わたしが書くことってあんまりないんですよねえ。
りふさんとみつぼしさんとむらくもさんにインタビューでもすればいいのでしょうが。
とりあえず迅速に答えろ! ね。
飛び飛びになることは明白なので最初に断言。
時系列も繋がりもめちゃくちゃになります。ごめんね! 推敲する気はないよ!
推敲する度にとんでもないことになるからやめたよ! 諦めたよ!
一般的なとか、常識的なとか、普通の人は、という言葉を使うのは好かんのでそういうことは言いません。
河原の石の話です。
河原の石の平均値を図ったとしても、それは存在しないものだからです。
わたしの普通、わたしの常識、それが他者にとってもそうであるとは限らない。
苺ジャムをそうめんに入れるというのがゲームネタなら笑いもするが、現実にあるならそういうこともあるのか! と新鮮な気持ちで受け止めたい。
わたしはグローバリズムってやつが大嫌いなのです。
だからみんな同じでみんないいということには断固抗う。
本当のグローバリズムは「みんな違ってみんないい」のはず。
千差万別の価値観と意識を理解し受け入れ自分の気持ちも上手に相手に伝えること、それがわたしの目指す日本語です。
わたしは「迅速に答えろ!」というフレーズが気に入ったのでその後しばらく時々使っていましたが、
りふさんのことは本人のいないところでボロクソに言いましたし、みつぼしさんのことも本人のいないところでネチネチ言いました。
おい誰か日本語教えてやれよってかこんなことしてないでママンのおっぱいしゃぶってろよwww何様ですか盟主様ですかマジスゲエっすねマネ出来ない憧れちゃうwwwwとか、なんだあのテンプレwww怒りはどこに行ったんだよマジサムイんすけどwwwそんなごますり聞く為に集まったんじゃないんだけどwww理路整然と罵倒してみろよデキネーのかよチキン乙wwwwとか。
あ、上記はあくまでイメージですからね! 本当に言ったわけじゃないですヨ!
むらくもさんについては何も言いませんでした。と言うのはわたしの中でやっぱりむらくもさんは当事者ではないからです。
りふさんは最初から? 昔から? むらくもさんに対して腹に据えかねてらしたようですし、みつぼしさんはりふさんに対して腹に据えかねてらしたからこそブログに爆弾落しに行かれたわけですが
むらくもさんは360度どこからみてもとばっちりと言いますか巻き込まれただけ。
ね? そうだよね?
なんでりふさんがむらくもさんに対してつっかかっておられたのかとか、わたしが見ると「嫉妬か?」「愛情の裏返しか?」「いやむしろ愛情表現なのか?」という感じですが
みつぼしさんの行動は本当に頭にきたから、と感じられました。激討論会までは。
いや爆弾投下しに行かれた時もなんだ冗談かwとわたしは思っていたのですけれどね!w
で、wktkしながらブログ読みに行って( ゚д゚)ポカーンとしたわけですが。
正直に申しませば激討論会ではみつぼしさんには謝らずにブログコメの調子で色色言って頂きたかったです。
あれ? 悪いと思ってたの? むしろこういう場を設けるために爆弾投下しに行ったの?
なるほど、それは作戦だったのかも知れません。
対話で済む所をブログにしたのも騒ぎを大きくしたのも狙ったことだったのかも知れません。
激討論会のおかげで少しだけ魏のみんなの腹の内が見えた気がしましたし、わたしは会が勝利に繋がったと思っていますし。
しかし、りふさん、みつぼしさん、むらくもさんにとってはどうだったのか解りません。
りふさんは最初に「何も申し上げることはありません」と仰っておられたので、話し合う気は本当に無かったのでしょう。
わたしはりふさんが何も言えてない! と思ってそれが気がかりで、せっかくなのだからみんなで腹を掻っ捌き合おうZE! と思い、差し出がましくもまとめ(笑)を始めたのですが。
後でその件についてフレに叱責されました(/ω\) 不要なことだったと><
わたしも反省していますごめんなさいね!
何度も言いましたがわたしには盟主の腕前については解りません。人柄についてはそこそこ解る自身がありますが、それも相手がロールプレイングしていれば外れるでしょう。
だから上手いから粋がっているとか、下手なのに生意気だとか、そういうことでの軋轢はよく解りません。
世の中弱肉強食、実力社会。金も家柄も環境もその人の実力の内だとわたしは思います。
ですから下手だとか出来る出来ないは死活問題でしょうし、出来るやつがデカい顔をし、出来ない奴が虐げられるのは当然のことだと思います。
ですが3onはゲームです。しかし、社会です。中身は全部人間です。
これがネットゲームの面白いところであり、面倒臭いところなのでしょう。
ゲームだけれど、社会である。
そして戦争である。
下手でも楽しめればいいじゃない、という向きもあれば、やるからには勝て、勝つためならなんでもやる、いろんな折り合いのつけ方が人によりけり多々存在していたはずです。
其々個々人が全く見ている方向の違う百人以上の人間を一つにまとめるには妥協が必要なのは当然で、それをどこに設置するかも千差万別。
そんなことで軍隊が出来るかって話でもありますが、そこでまたゲームだお? という話も出てきて、社会の中の一個人なんだお? という話にもなります。
永遠に正しい答えは出ないと思いますが、一人一人は答えを持って行動していたと思います。
りふさんが日記に書いておられた「みんな信じる道を行けばいいじゃない」という言葉、それが答えに近いのではないでしょうか。
自分が楽しめればそれでいいのか? 勝てればそれでいいのか? どこまで心を砕くかもその人次第です。
それが人間の差であり、教養の差であり、好きとか嫌いとかいう根拠のないもやもやとした、しかし絶対的なものへ繋がるのでしょう。
他者を尊重し、他者に尊重され、助け助けられて生きていくのが人間社会でありましょう。
しかし、全ての人を同じように扱うことはありません。
好きな相手になら優しい言葉もかけますが、死ぬほど嫌いな相手に丁寧な対応をするでしょうか。
母親を殺した男が死にかけているのを助けるでしょうか。
日本を侵略してきた敵兵を殺すのにためらったりするでしょうか。
しかしそれでも呉越同舟ならば手を取り合わねば荒波を越えることは出来ないのです。
或いはどちらかがどちらかを河に叩き落とすことも可能だったでしょう。
でも幸か不幸か、わたしから見れば呉も越も同じ国の仲間でした。そう、魏民です。
はっきり言って、仲間同士で憎み合ってぎすぎすした状態になっているのは御免でした。
しかももう終わるのです三國志Online。
俺とお前はソウルブラザーだぜ! と言ってくれとまでは言わないから呉越同舟してくれよっ と思いました。
わたしが迅速に答えろ事件でもやもやしていた理由の一つは、りふさんが魏民だったからでしょう。
蜀や呉だったら何を気にすることがありましょうか。
ごーたまさんがブログで仰っていた「みんあおんなじ魏民だろうが!」の一言に殴られたような気がしたのは、自分がなぜもやもやしていたのか自分で解っていなかったせいでしょう。
ま、こういう風に言うときれいごと乙とか夢見過ぎオトメチクねと言われそうですが。
理想としてはりふさんもみつぼしさんもむらくもさんも解りあって打ち解けてナイスガイな展開でしたが、望めませんでしたねえ(´ω`)
なんで嫌いだったのか、嫌いの理由はきっと沢山あるでしょう。
でもそれは後付です。
好き、嫌いに理由はないと思います。
殺人の理由と一緒です。
カッとして、思わず。それ一つのみです。
殺してやろう、くらい誰でも日常茶飯事に思います。実行するのと思うのとは大違いです。
理由付けは世間を納得させる為のものでしかないのです。
嫌いの理由も好きの理由もおんなじです。
そこに理由は必要ありません。
理由があるならそれは、例えば「すぐ叩くから嫌い」というのは、叩かれることが嫌い、なのであって、本人が嫌いなのではないのです。叩かれなければいいわけなのですから。
だから、あそこがああだったから嫌いとか、ああされたから嫌いとかは、後付だし、きっとこうだったから嫌いなのだろう、ただの嫉妬だろう、と言うのも、自分が解り易く理解したいから生み出した方便です。
なんか知らんが嫌いだったらしいなら成程当然の行動だろうな、と思うわけです。
まあ後年嫌いだった理由が見えることもあるかも知れません。例えばあんなに父親のことが嫌いだったのは、実は尊敬していたからなんだ、なんていう風にね。
でもそれはその時。
今は父を尊敬できるようになったからこそ、昔嫌いだった理由に思い当たるのであって、当時の俺はガチで父親が嫌いだったのです。尊敬もしていません。
過去は、遡って形成されるのです。
地動説を信じている者と、天動説を信じている者が議論したとします。
真実はどちらにあるでしょうか。地動説でしょうか。
でも、天動説を信じている者にとっては、世界中の全てが地動説を唱え、天動説を莫迦にしたとしても、地動説論者は頭がおかしくて憐れな愚民ということにしかなりません。
社会が天動説信者を排除しても、天動説信者が自分を信じ続ける限り、世界は彼と共に回り続けます。
もし社会から排除されない場合は、社会を運営する上で大変不愉快な目の上のタンコブとなりましょう。
人間に個性や自主性は必要ないと思います。全ては社会に適応しているか否か、それのみです。
人間は社会的な生き物だからです。
個性があるとか自主性があるとか言われるのは、それでも社会という枠に収まっているからです。
そして社会は一つのようでいて一つではありません。パラレルワールドのように無限に在って、しかも誰も隣人が自分と違う社会で生きているとは思っていませんし、違う社会で生きていてもあんまり齟齬は起きません。
解り易い齟齬の例を挙げますと、同意を相手に主張する時の相槌、わりと「そうだよね」とか「そう思う」なんて答える人は多いのではないでしょうか。
同意の意味で「だから!」と言う方言があります。
A「犬を飼ったら最後まで責任持つべきだよね」
B「だから!」
A「何が?」
B「犬を飼ったら最後まで責任持つべき」
A「だよね~」
割かし通じますね。でもBさんは「お前今自分で言ったやん」と思っているでしょうし、Aさんは「こいつ突然どうしたんだ」と思っているでしょう。
揺るぎない信念で以て天動説を信じているなら、それを否定し諭すことは無粋なのかも知れません。
結局わたし達は解り合えないのです。
でも歩み寄ることはできるはずです。
わたしが手助けできたらと差し出がましくも思ったのはそういうことでした。
確かに地面が動いてくるくるまわっているのだろうが、それは体感出来ないからぶっちゃけ天が動いているようなもんだよなw と。
地動説信者は俺に賛同してくれたと思うかも知れませんし、天動説信者は俺の理解者がいたかと思うかも知れません。
そして地動説信者も天動説信者にもお互い協力したり議論したりしながらこの世の謎に挑戦し続けて欲しかったのです。
りふさんもみつぼしさんも人間的に問題がある行動をしたと言われていましたし、わたしももちろん影でヒソヒソとそう言いました。
でも、相手のことが嫌いなんだったら腹が立つような対応とるのが当然だよねw
むしろなぜ穏やかな物言いをするのか? と。
だからそこはまあわたしの中では納得出来ました。
嫌いだろうが好きだろうが私情は深く秘めて表に出さないのが紳士とか言うのは無しの方向でw
今まで積もり積もってきたものが二人ともおありだったのでしょう。それはわたしには解らないことです。
でも、普段からストレスをためていると、些細なことで爆発してしまうという事態は理解出来ます。
いつも通りだったら、鬼神連合が東に出て行ってもりふさんは「迅速に答えろ!」なんて言わなかったかも知れないし、「鬼神どこ?」とどこも突っ込み様の無い尋ね方をしておられたかも知れません。
そのいつも通りってのがどんななのか微妙に解らないけどなw
ひょっとしてむらくもさんが「敵を誘き出しに東へ行きます」と仰っておられていたら話はこじれなかったのかも知れません。
まあ、歴史にイフは無いのですけれど。
そもそも三國志Onlineが終わってしまうからこそここまで話はややこしくなったのです。
どこへ移籍するのも個人の自由でしょう。確かに連合盟主ともなればほいほい移籍するのは無責任なのかも知れませんが、それでもやっぱりこれはゲームなのです。
それでも何度も申しますように社会なのですけれど。本当に折り合いの付け方が大事なのですね。
むらくもさんも仰っておられましたが、呉が最下位だったら移籍するというりふさんのブログ記事は、呉戦負けた方がいいのかとか、いやいや勝つべきjkと思うべきなのかなんとも複雑でした。
りふさんに移籍してほしくない方はわたしのみならず沢山おられたのではないでしょうか。感情を一先ず置いて単純に戦力として考えた場合猶更です。
でも意思はどこまでも個人の自由であるべきだから。まあそれでも人間の意思は結局社会の所有物なわけですが。
どういうつもりで移籍したのか、そして戻ってこられたのか、わたしには解りませんし、聞こうとも思いませんでした。
ただ前回にも書いた通り、邪桐連、電波、鬼神の連携が上手く行き始めていたので困惑しました。
三連合の盟主さん達が会談と言う名のおしゃべりをしておられたのをりふさんも聞いておられました。
その時ひょっとしたらりふさんは物凄い疎外感を受け気分を害されたかも知れません。
りふさんはご自身が魏を勝利に導いてきたという自負と戦果のある方ですから、そして敗戦の責任は全部自分一人が負うという覚悟をお持ちの方ですから、腹に据えかねたかも知れません。
そんな方だからこそ、疲れた、楽したい、とブログで呟かれ、呉に行かれたのかも知れませんね。
わたしは三連合盟主のおしゃべりを立ち聞きしていましたが、りふさんがどういうつもりで帰ってきたのか上記の通り解りませんでしたし、呉で何かもめたのかと勘繰ったりもしていました。とりあえず触らぬ神に祟りなし、のスタンスでした。
で、合戦では三連合で上手く行き始めていた連携がとれなくなり、かと言って昔日のごとくりふ連との連携が上手く行っている様子もありませんでした。
それは以前にも書いた通り、何もかも変わっているのですから、昔の通りにやろうとして上手く行くはずがないのですが、わたしはその辺勘違いしていたので「ちくしょーむなくそわりーぜ」とムカムカしておりました。他の方がどうだったのかは解りません。
「りふさん何考えてるんだろう……」としきりにみなさん仰っておられましたが。困惑しているのはよく解りました。
りふさんはずっと魏にいるのか? それともまた呉に行くのか? はたまた蜀へ行くかも? 邪桐連はどうなったんだ? 鬼神は前線で粘るのもう出来ないのか? わたしは妖術になるべきか? そんなことでもんもんとしていました。
そして件の「東に行った(略)迅速に答えろ!」です。
わたしは戦チャを見逃していたので、と言いますか見ていなかったので(殴 気づきませんでしたが、ムラクモさんがぴたっ と立ち止まったのをよく覚えています。
なんだろなんかあったのか? と首を傾げつつもチャット欄確認しなかった俺死ね( ^ω^)
その後は皆様ご存じの通り。みつぼしさんが核弾頭と揶揄されるコメントをりふさんのブログに書き込み、りふさんがそこでなぜかむらくもさんに矛先を向け、わたしにはよく解らない戦略の話が展開され、桐龍さんの一言で激討論会が開催されるわけです。
この場で双方思いの丈をぶつけてくれれば。
そして解り合えれば。
お互いがすっきり出来れば。
その為にわたしにもっと何かやれたのじゃないだろうか。
未だにこの件でもやもやしているのは、やっぱり後悔しているからなのだろう。
歩み寄る気がないならば、何をしたって解り合えはしないじゃない。
でもいつか思い出して欲しい。
解りあおうとしていたのだということを。
そんなものいらないとつっぱねられることが悲しかった。確かにいらないなら、文字通り余計なお世話だったのだろう。
ほんの少しの行き違いなのじゃないかと思った。
進む速度の違いなのじゃないかと思った。
でも見えているものが違うならどうしようもないのだとも思った。
わたしはりふさんのことを厨二病だとは思いません。
ぴゅうさんのことを下手くそだとは思いません。
みつぼしさんのお陰で優勝に繋がったとも思います。
でも天動説を信じていたのなら。
それを否定する権利はわたしには無いのです。地動説が間違っていない証拠は無いかも知れません。
今見ている現実が全て脳で補正された情報なら、全部脳が見せるまやかしでないと言えるだろうか。
それでも絶対交差しない世界の中で偶然出会ったみんなと解り合いたかったし、わたしに見えているものと誰かが見ているものがまるで違っているのが悲しかった。
同じものを見る必要は無いと思う。けれど、見ているものを知って欲しかったし、知りたかった。
こんなこと思っているのはわたしだけかもしれないが、だってわたし達は同じ泰山魏国民だったのだから。
戦争貢献度とか、使える度とか、人間性とか、相性とか。人間を計る物差しは人によって千差万別だ。
物差しによってはわたしは、あの人は、またその人は、全く無価値の、それどころか存在しない存在になっていたのかも知れない。
一生拭えない悲しみを突き付けられたけれど、それでも一歩、それとも半歩、ひょっとしたら地球の直径くらいは前進出来たのかも知れない、激討論会。
どうやら未だにわだかまりは溶けていないようで、でも好きだとか嫌いだとかの問題なら仕方ないじゃないかと思う一方で、やっぱり寂しく、悲しくわたしは思うのです。
ただね。
もしね。
迅速に答えろ事件から、激討論会までの経緯。
わたしがね、他国民だったらね。
めっちゃメシウマで未だに酒の肴にしていたと思うよ!
それを一番謝る! ごめんなさい!
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