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ゆめのなかでゆめをみて ゆめのつづきをゆめにみる
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こんにちは、わたしです。

前回の日記には東京都青少年健全育成条例改正問題について、法案可決をだめぜったい! 支持内容の動画をぺたんしましたので、

今回は可決しないとだめぜったい! という内容の動画をぺたんします。



性的表現が作中に登場するアニメを見るから性犯罪者になる、という理論は、

サバゲーをやるから実際に人を殺したくなる

大量殺戮系テレビゲームをするから凶暴な性格になる

愛に溢れた絵本を読んで育ったから優しい子になる

等と同じ論法でしょうか。

あるいは、

性犯罪を犯すからR18アニメを観る

人殺しだからネトゲで味方を殺しまくる

みたいなものなのでしょうか。

人はモノ、コトにたいして「理由」をつけたがる習性があり、足元が揺れたのは地震がきたからだ、と分かればちょっとだけ安心する。

なんで彼女が怒っているのか理由が解からないと疲れる、理由は誕生日を忘れていたからだと解かったところでやっぱり疲れる。

あ、この例えダメだろ。

まあつまり不安を取り除くためにモノ、コトに因果を見出そうというのが本能的な習性。

それが真実かどうかはどうでもいい。

安心出来ないと生きていかれない。

温暖化の原因がCO2だ、というのもこれですね。

ほんとうのところは、温暖化の要因ははっきりこれと解かっておらず、これかもしれない、あれかもしれない、いやいくつもの要素がからみあっているのかもしれない、というのが現実。

その中で解かり易いからCO2が原因ってことにしよーぜ、としている。

多分裏事情知らなくても誰も困らないし、CO2削減にせっせと頑張ればみんな何かを成し遂げた気持ち、晴れやかな気持ちになれる。

だから、アニメや小説や漫画やら、スケープゴートにしようとしているのですね。

「いやなことばかり起こるよね!」と認識されている世の中に対しての。

それでみんな幸せになれるのでしょうか。

幸せってなんだ。

クック先生の耳破壊出来たときは幸せというか

とても嬉しかった!

また例によってぐだぐだなっちゃった。

もったいないから反転収納。

せーじねたはやらないって思ってたんだきめてたんだもうしませんたぶん!

あとやきゅーはむかしはみておりました。おもしろいですよね。

かく言うわたくしは、三次のAV(あにまるびでおじゃないよ!)、いわゆるなまものもよく視聴しますし、二次のAV(あんたヴァカネじゃないよ!)、つまりエロアニメもよく視聴します(キリッ

消防の頃に知らずにBL漫画を買ってしまってトラウマった過去もありますヽ( ´ー`)ノ

こういうこと書くと、だから変態になったんですねって言われそうですが

まあ昔から変態でしたから途中経過はかんけーないと思います。

消防の頃から廃品回収のお手伝いとかで、仕事さぼって雑誌の中からエロ本抜き取って読んでるような子でした。早熟でした。

グロも消防の頃から大好きで、すなっふびでおがあーだこーだとか言っておりました。すなっふびでお見たことないけどね。

友人を「いいケツしてんなグヘヘ」っていう目でみたこともありますし、道ゆく綺麗なおねーちゃんみて興奮することもあります。

それは言わなきゃいいんだよ、相手に気付かれなきゃいい。

「相手を困らせたり傷つけたりせず自分は楽しむ」のは大人の醍醐味ではないでしょうか。

まあここでこんなこと言ってる時点で僕は終わってますね。知ってます。

そういう風に見られるだけでおぞけがはしる、憎い、殺したい、そんな人種の存在を許さない!

と仰るなら「あなたがたのおっしゃるまっとうな人間になりました!」と口と態度で表現してなんとか信用してもらって、あとはこっそりことを行おう。

実害を及ぼすことは絶対にいけない、社会に生きる身としては。

社会に属さないと生きていけない身としては。

社会なんてかんけーねーという人は好き勝手するのでしょうか。

自分に娘がいて、一緒に出かけて、知らないおっさんに「おじょうちゃんかわいいねハァハァちゅっちゅしたいよハァハァ」とか言われたら多分おっさんをぶん殴りますね。

でも、そのおっさんは憎いけれど、すべてのロリ好きのおっさんが憎いというのは、原爆落としたからアメリカ人みんな嫌い! と言うのとおなじことですね。

違うかも知れませんね。

学生のころよく言われたあれ、です。

「その制服を着ている誰か一人が粗相をしでかしただけで、学校全体の信用にかかわる、在校生どころか卒業生、そして未来の生徒までもまきこむ」

大多数の人にとって、自分と他人の区別はつかない。みな同じカオ。

一番印象に残るのは

そいつが自分にとって不利益なやつの仲間か、有益なやつの仲間か。これ重要。

ぼく悪いスライムじゃないよ

でも俺の経験値になるから殺すよ

理由と世間は人それぞれに千差万別、共存は実は難しい、でも表面上なんとかなっているように見える。多分なんとかなってる。

エログロが消え去った世の中が今より素晴らしい世界なのかどうかわたしには解かりませんが、

夜這いがあたりまえだった昔の日本とか、男は浮気してもいいけど女が浮気したら死罪な中国(儒教)、側室は正室が選ぶことになっていた中国(儒教)、

中国のすぐ側にあった異民族の国では、父が死んだらその嫁を子供が自分の嫁にするのが当たり前だったこととか

自分の住んでいる文化の中から見たら外の文化が理解出来ないというただそれだけのことなんでしょうね。

言論の自由がなくなり、思想弾圧され、わたしがぶたばこにぶちこまれた世界になっても、ひとびとは楽しく平和に幸せに暮らせる可能性があることは理解してます。

でもそういう未来がいやなんです、わたしは。

非実在青少年保護というのは、「おいぬさま」と似ていますね。

生類を憐れみ大事にするのは当然のことですが、それをつきつめるとどこまでやっていいのかとか、折り合いのつけかたがわけわかんなくなっちゃうのですね。

だからものごとはある程度ふんわりふかふかにしておいたほうがいいのです。

〆るとこはしめて、あいまいにのこすとこはのこす。

都合いいですか? ええ、都合いいです。

世の中は都合よくして通るべき場所。

かっちかちにしたところで、AをとおしたらBがとおらなくなって、あの子の願いが叶う頃誰かが泣いていることなんて全人類共通で知っているのだから

みんなが幸せになれる方法があるはずねえ、わたしの幸せは誰かの不幸に繋がっているかも知れん。

だからこその多数決で、民主主義で、資本主義で、結局それでもしわよせがどこかに寄っている。

それぞれ一人一人が「最良」と思える今と未来と過去を選択して生きているなら、うまく傷つけあわず共存できる範囲を模索するしか

一緒に生きていく方法がないじゃないか。

ジェノサイドは一番簡単ですが、

ジェノサイドされたくない側からすればたまったもんじゃないわけで。

そしてつきつめて考えた末の無関心なら納得できるなあと思ったり。

色々横道に思考がそれてしまった。

わたしは表現規制につながるものはなんであれどちらかと言うと大反対。

不快に覚える、いやだ、きらいだというものがあるなら見ないようにすればいい。

作る側もそういう人がいるということは当然考慮すべき。

お前もこれを見ろ、もてはやせと強要することは憎むべきこと。

蔑むひとと誉めそやす人と無関心な人が同時に存在して当たり前。

あるものに対して全ての人が同じ感想を抱くことは絶対にない。

「子供」と呼ばれる人々に忌避能力がないとか言うなら、「保護者」と呼ばれる人々が守ればよろしかろうなのだ。

保護者がいないなら諦めて自立するしかない。もしくは誰かに保護者になってもらえるよう努力すればいい。

所詮この世は弱肉強食だという根幹は永遠に変わらない。

自分に守る能力がないとか忌避能力がないとかいうのはあまったれだ、そういやって言い訳をして誰かに責任をおっかぶせて楽しようって魂胆が

今回の騒動にでかでかとよく見えるのはわたしだけではないだろう。
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