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ゆめのなかでゆめをみて ゆめのつづきをゆめにみる
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こんにちは、わたしです。

全部ではありませんが、色々な曲を聴く度、3onのことに脳内変換されます。

ピアノアレンジでも同じこと。

台湾3onオフとかしたいっすわ(´A`)

みんなで桃まんを作る会。いけてる。

生姜を刻む会でもいい。

刻んだ生姜はギョーザに入れて美味しく食べます。

年末なことも手伝って頭おかしーですねこの人。

いいえいつもおかしいですね。

ギモーヴが美味しいです。

かゆ、うま。

久々にミク曲をぺたん。リズムや早さもお気に入りの曲です(´ω`*)



いつか君に捧げた歌、今じゃ悲しいだけの愛の歌。

「好き」という気持ちを消せたら、楽になれるだろうか。

楽になれるだろうけど嫌だ。好きなんだ。大好きなんだ。

わたしは幸せになりたくて生きているんじゃない。

陸さんのブログのお言葉ですが、

「この人となら不幸になってもいい」

って最高の気持ちですね。

わたし、3onとなら不幸になってもいい。一緒にいたい。

さいじゅきもい。知ってる。

実はわたしは、かの有名な「ひがしもんおいしい」を知りません。

勿論知っているのですが、つまりその場にはいなかったのです。しょんぼり。

そんな素敵な「ひがしもんおいしい」動画↓



どうやらその時期プチ断線シーズンだったらしく、ログがごっそりないw

さーみしーんだ。


さて。

わたしは他国の連合、盟主どころか、自国の情報すらも知らない人生を歩んできました。

わたしが認識していた自国の戦力について今回は語ってみたいと思います(キリッ

一節、二節、そして三節の頃全部ごちゃごちゃになっていてちょっと酷いですが(/ω\) ひょっとしたら四節まで混ざってるかもw

先ず、強烈な印象があるのは、部曲邪気眼が主軸であったのであろう連合、人呼んで邪気連。

一節の同時開催の頃などは、奇門遁甲を駆使しておられました。

奇門遁甲とは、一陣いったり二陣いったりと、邪気連がトリッキーな動きをして敵を撹乱するというような作戦でした。

雑兵その1なわたしにはめちゃくちゃ格好よく見えていたものです(´ω`*)

時間差合戦システムが導入されると、率先して次の陣への援軍に行かれたりしておられました。

皆さんご存知のことと思われますが、合戦が終了する前に陣外へ出ると、稼いだポイントはパーになります。

順位もポイントも省みずに援軍に向かう皆さんは本当に格好良かったです。戦士とはかくあるべき! と学びました。

恥ずかしながらわたしは、Pに執着していてなかなか戦闘終了前に陣外へ出るということが出来なかったのです。

この陣を出て援軍に向かうべきか、それともこの陣を護るべきか、が最良なのかは難しい問題です、戦略的な意味で。

しかしわたしはそういうことがまるで頭になくて、ただPとかだけに固執していたのです。カッコワルイ。

でもやっぱり、小市民なわたしも、まわりの強戦士達の行動に感化されて、小さなことにとらわれなくなっていきました。

誰かに「そうすべき!」と強要されたわけではありません。

まさに言葉でなく行動で動き、動かされていたのです。

行動でもって示していた! 皆様めっちゃ格好いいなあ思い返せばw

勿論、「援軍いこうぜ!」とか、「二陣やばいです助けて~」なんていう声などが上がったりしていました。

当時は沢山の人が様々の意見を戦場チャットで叫んでいました。

飛び交う様々の提案をどうするか決めるのはいつも個々人の問題でした。

ひょっとしたらどなたかが影で力説なさったりしておられたのかも知れませんが。

わたしも、そして多分他のみなさんも、自分で考え、選んで、国の勝利に繋がることをしようと行動していました。

三陣同時開催、防衛陣でねばってみたり、人手が足りないと言われ移動してみたり。

防衛陣の時は、それでも常に勝とうとしていましたw気合は負けませんw

途中だろうがなんだろうが「どこそこの陣がやべえ人手が足りん!」となったら援軍に駆けつけ、勝敗が決したなら最後までいのこらず、もう開始している次の陣へ移動。

時間差開催で、且つ時間帯が重なっている時は、一陣とっても二陣のしょっぱなを敵に叩かれ負ける、なんてこともありましたものね。

そういう駆け引きも面白かったですよね。一陣が駄目、となると、みるみる相手の人数が減っていく。

そうすると自分達もあわてて「それ、二陣を取らせるな!」と移動開始。

でもこれも、移動するかどうかって先にも書きましたが難しいですよね。

完全に明け渡して万が一逆転、という可能性もありえる。

しかし、そこはなぜかみなさん、自分の役割を了解している感じでしたよね。

残って支える人は残り、援軍に駆けつける人は飛び出していく。

希望的観測で幻想を抱いて見ているのかも知れませんがそれでも、みんな格好良かったです。

さて。

覚えておられる方もおられるのではないでしょうか、戦線に突撃していく人々から少し後ろのほうに陣取った、練丹の皆さんの一団を。

「はーい、怪我したら下がって私達の輪の中に入って下さーい。回復しますよ~」

そんな呼びかけを今も鮮明に思い出せます。

うろうろして死にかけたわたしが恐る恐る丹の皆さんの中に入ると、皆さんは回復をして下さったのでした。

人呼んで衛生兵部隊! メディーック!

後々には各連合に内蔵されていった医療班ですが、昔は医療専門部隊さんもおられたのでした。

俺達の後ろには医療班の皆さんがいる! そのこともあって、わたし達は思いっきりつっこんでいけたのです。

まあわたしはつっこみ杉だったわけですが(/ω\)

昔は合戦参加も部曲単位が主流だったので、野良連合というのは珍しい存在だったように記憶しています。

あそこの部はこうしてるから、うちはこうしよう、なんていうやりとりを耳にしたりしました。

なので、連合の名前というのはなくて、部曲の名前で呼び合っていたと思います。

そして、長らくわたしの頭は黎明期が続くのでほんとうに何もかもが良く解かっていなくてごちゃごちゃなのですが、

そんなわたしの頭の中に彗星のように登場したのが、とりまる連合さんです。

あの可愛いAAを覚えておられる方も沢山いらっしゃるのではないでしょうか!

集合! とすっ と看板を挿すAAめっちゃ可愛かったw

わたしがとりまる連合さんに抱いたイメージは「炊き出し」でした。

ハラペコのみんなに、無償&無料で「神の護り」を配ってくれる連合さん。

その頃のわたしはなんで自分達がハラペコなのかも、神の護りが美味しいのかも知りませんでしたええw

ダメ50%カットなんて知らなかったお。

教えてもらったはずなんだけど理解出来てませんでした( ^ω^)

「知っている」ことと「解かっている」ことは全然違うね(/ω\)

その頃が二節だったのか、まだ一節だったのか、記憶は不確かです><

さて。

二節になり、前回の黙示録系日記でも既に書いたような気がしますが、泰山魏においては突撃連合の必要性が叫ばれるようになりました。

わたしが所属させて頂いていた部曲、まったり淵奏会さんは、夏侯淵之弓さん、兎陽さんの二部曲と共に、盟主持ちまわり制の連合、淵舞で合戦参加しておりました。

人数は多いと20人強、少ないと五人いない、というようなけっこう幅のある連合でした。

一応中規模連合といったところだったでしょうか。

その頃は祝福が全体陣形だったので、護りや祝福を他の多きな連合からもらって戦うという連合も沢山ありました。

誰が呼んだか、いつどこで名づけたか、そんなスタイルを「コバン」と呼称しておりました。

元ネタは「野次を飛ばすなコバンザメ」だったでしょうか。

そっちのログは保存していなかったのでわかりまふぇん(/ω\)

中々センセーショナルなネーミングで、コバンザメ連合という名前の連合さんも誕生したと聞きます。

その頃から、部曲名でなくて様々な名前を冠する連合さんが登場してきたように記憶しております。淵舞もその一つですね。

しかしコバンザメというのはナイスな表現だと思いました。

コバンがつくことで本隊のジンベエザメもとい巨大連合がさらに強くなるという効果があり、コバンはコバンで自由に臨機応変に動け、巨体が入り込めないかゆいところに手が届く! みたいな

そんな連携体制。

勿論いざこざもあったようですがわたしはよくしりまふぇん!

獲物の横取りとかなんとか。

誰が、どこが、なにが食おうが、同じ魏民だからかんけいねいの是やったの是ーとかわたしは思っておりました。

だから某あの人とかあの人とかまたはあの人なんかが「今の惜しかったねじゃきに食われた」とか「よこどりされた」とか「くってやったぜ~」とか言っているのが好かんでした。

わたしは人間が大変に暴力的で短気なので無益な争いは喜んで参戦しますが、醜い争いというのは大嫌いなのです!

一番大事なことをすっぽり忘れて争いの種にもならないことで争うのは馬鹿です!

競争心はいい影響があるとかいってもだめ! 明らかに競争心と違っていた! 競争心というのは青春だ!

あれはただの虚栄と僻みであった! 格好悪い!

話が逸れました、失礼。

淵舞は中規模な連合だったので、自前神護や祝福は内蔵せず、大きな連合さんから分けていただくことがしばしばでした。

よく補給させて頂いていたのがとりまるさんだったのです。

その頃のわたしは、先にも書きました通り頭が黎明期以前だったので、なんで神護りを貰いにいくのか解かっていなかったのですが。

そんな頭のわたしでも、みんなで一緒に戦うと強い、というのは分かっていました。

当時より前から、全軍の足並みを併せる手段として活用されていたのがカウントダウンです。

古くはかのマラソン前にもカウントダウンはなされておりました。懐かしい。

「○○連合、東門より出ます! カウント開始」

そんなログが流れ、カウントダウン後にみんなで飛び出す。

あの有名な109876543210事件もありますね。わたしはその場にいなかった気がするw

そんなカウントダウンですが、いつしか省略されてしまいました。

「陣形発動○秒前」

そう書かれた、連合によって様々に個性豊かなAAが打たれるようになりました。

その○秒前というのは、五秒前が多かった気がします。

このAAが利用されるようになった当初は、きちんと5カウントとっていた様子なのですが、そのうち五秒前じゃなくなりました。

カウントダウンは全軍の足並みを併せる為に行っていたものですし、AAの陣形発動宣言も、連合外の人に知らせる為、つまり併せるためでしょう。

その瞬間を伝えるのが目的だった。

それは今も昔も変わらないのですが、その瞬間をいつにするかというのが変わっていったのですね。

いまだにわたしは、盟主さん達が選んでおられたその瞬間が、何基準なのか解かりません。

敵盟主の詠唱? 棒立ちを発見した時?

聞けばよかった。

まあそんなわけで、悠超にカウントダウンしている暇が無くなったのですね。

わたしもこの頃には、規模と力とか、一点集中とか、集まらないとやべえってことが解かってきはじめていた、きが、す、る。る。

でも最後の最後まで盟主のkさんは連合員が集まらないということで困っていたなあ。

さて。

呪詛散布が修正され、祝福が徒党のみの効果になり、合戦の形も変わっていきましたね。

やはり自前で護りがあった方がいい、ということになって、淵舞でも護りが内蔵されました。

その頃わたしはやっぱり護りの効果を理解していませんでしたが、護りがないと困るということだけは知っていました。

そしてそれからなんか色々間が抜けるような気がしますが、

「双がアタッカーだって? プゲラ アタッカーっていうのは妖術のことだよ!」

という時代がきました。

そう、

魔法使い。

魔法使いがTUEEEEEEEEゲームは、滅びる。

メイン盾のいないパーティーに未来がにぃのと同じだ。

淵舞は双の方が多かった記憶があります。自分は盾か丹だったのでよく覚えていません(殴

自前の思考回路がいかれているので妖術やったら負けな気がしていました。

妖術いないと敵食えないとかいうのはまた別の話で。解かってるから! 痛いほど解かってるから!

で、敵の大きいところとあたると、溶ける、溶ける、溶ける。

連合規模以前にわたしの装備や技能、食ってるアイテムがやばかったわけですが。

もうこの頃は合戦参加≠部曲単位でしたね。

盟主の変わった連合さんもあったり、少数徒党で参加する方々もおられたり。休止、引退される方々もおられ。なくなっちゃった連合もあったり。

鬼神連合、電波連合、りふぃあ連合、邪気連合

この四つの連合は、淵舞で一緒させて頂いた皆さんが「今日は○○さんいってきますー」と、出かけていかれた所だったので、黎明期以前のわたしがなんとなく覚えたお名前でした。

邪気連は前から知っていたわけですが、しかし中身は色々違っていたようだったですね。

わたしが淵舞盟主をしたこともあって、邪気連をコバンさせて頂いたこともあるのですが、

見失うこと見失うこと。

zえんぜんついていけませんでしたが有名だったようです、あの神速の動き。

当時は合戦開始30分前くらいに人が宮城へ集まり、作戦会議、基本方針の決定などが行われていたのですが、この頃には完全にそれがなくなりました。

二節の暗黒期には合戦終了後に反省会が盛んに行われていました。

一節でも反省会は合戦終了後にやっていたと思います。

しかし、勝った時は反省会をしないようになり、そのうち負けてもしないように段々となっていったような。

事前会議も反省会も無くなったこの頃、魏軍の数ある連合同士はどのように連携をとっていたのかというと、

多くの皆さんが仰っておられるように

どうやら

空気を読んだ

のだそうです。

盟主会議なるものの存在をほのめかされたこともありますがあったのかな?

「あれ一部の人だけでしょ なんかかんじわるいワ」

なんて言い合っていた記憶もあるw

しかし本当にあったのか、あったとして実態はどうだったのか、未だになーも知りませんw


さーて糞長くなったので今回はこの辺りで。

次回は暗黒期回想になるヨカーン。

いつ終わるんだろうね、黙示録シリーズ。

終わらせる気ないんだろうね。

3onも終わらせる気なかったよ、わたしは。わたしは。
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