こんちくび。わたしでゲスヽ(゚∀゚Ξ゚∀゚)ノ
気が付けばすっかり秋になっていましたね。
夏の名残はもうどこにもない。
ついこの間まで、まだまだ夏だなああっついなあうふふ と喜んでいたのに。
大切なものはいつだってこのように、気付かない内になくなってしまうものなのでしょうか。
無くなったと、もう過ぎたと解っているはずなのに、まだそこにあるように勘違いして、いつまでも手放さないでいられると信じて
今も、その大事な場所に自分がいると思い込みながら生きている。
もう少しだけ、夏のなかにいたかったなあ(´ω`)<って毎年言ってる
ともかくとしてでこにーなさんの帰想本能のオケが欲しいよおおおおお
自分でvo抜いてみたけれどやっぱり他の音も抜けちゃいますね。当然ですね。
オケが上がるのを待つ他にい(´ω`)
そんなデコニーナさんの「僕みたいな君 君みたいな僕」を最近改めて聞いてみたら、新海誠氏監督作品「ほしのこえ」を思い出しました。
初見ではふーん切ないなあ可哀想に、と思った程度でしたが、今一度思い返すとなんとも悲しい物語でした。
光年単位で離れていく少女と少年。
唯一の通信手段である、当たり前の機能となって久しい電子メールでさえ、届くまでに膨大なタイムラグが発生してしまう。
メールの送受信は、数日間隔から数週間、数か月、そしてとうとう八年もかかるようになってしまう。
祈るようにメールの着信を待つ少女。
実際どんな情景だったか曖昧なのですが、思い出そうとするとそこには、小さな携帯電話を両手で挟んで、胸の前で合掌する小さな女の子の姿が浮かび上がりました。
そして、不毛なやりとりに、自ら終止符を打つ少年。
今送信したメールが届く時、自分達がどう変わっているか、世の中がどうなっているのか、あまりにも不確かで頼りなくて、少年は待つことも、つなげることもやめるのです。
そんなことすら知ることも出来ず、少女は祈り続ける。
自分の送ったメールが、八年後、無事に届きますようにと。
動画ぺたん。
少女と少年が「泣いてもいいかな」「どうぞ」と、
言葉を交わすことは遂に、無かったのだろう。
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