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子供を殺す母親の話。

近年は恐ろしくなってきた!

と言われるが、別に近年に始まったことではない。

近年と言っても漠然としているので、じゃあ平成になってからと借りに線引きをします。

昔は良かった、母は子を慈しみ、子は素直に母の愛情を受けていた。

母が子を殺し、子が母を殺すなんて世も末だ!

と人は言うかもしれませんが

( ^ω^)ノシんなこたーない

むしろ昔のほうがもっと頻繁に親は子供を殺していましたよー。

そこに罪の意識があったのか、嫌悪感があったのかは本人じゃあないのでわたしには解りませんが、もっと即物的な考えで行動していたと思います。

何せ、子供と言うのは七つになるまでは神の内です。

儒教では、子供というのは親の所有物です。ものです、もの。

労働力であり、財産なのがこどもです。

個人の人格だー人権だーと言いだしたのは西洋と言われている方の野蛮人の間でのことです。

まあそっちの方向に生息している人間についてはわたしは一般人より知識が無いので割愛します。

日本とか中国とか儒教圏に絞ったお話ね。

間引きという言葉は今はもう聞かないのかな?

わたしの子供の頃には、つまり小学生の頃には普通に学校の授業で習いました。

習ったと言うか、授業の合間の先生の雑談タイムに、先生が話してくれるのです。

昔は育てられない子供は殺したり捨てたりしたもんだ。君たちは豊かな時代に生まれてよかったなあ、幸せをかみしめなさいよ、

みたいなことを言われ、子供達は神妙な顔をして「ああ俺捨てられなくてよかった」と心中ほっとしたりしていたのです。

昔から避妊具、つまりコンドームみたいなものはありましたが、いちいちそんなもんして一般人がセックスしたりはしませんし、出来たら生むでしょう、生んで育てられなければ殺します。

それだけです。

そこに罪の意識はありません。

それは ふれないこと だったのです。

取り上げ婆という言葉も今ではもう聞かないかも知れません。

出産の場も、息を引き取る場も、今は病院に奪われてしまいました。

生々しくて醜くて、だから輝かしいものに触れる機会が今はありません。

生まれてくることと死んでいくことはとても近くて、むしろおんなじものでした。

お産の時に落命することは多かったですし、今だって0になったわけではありません。

子供を産むとか作るとかわりと当たり前に言いますが、それは命に係わる出来事なのです、女性にとっては。

男は中出したらしっぱなしですから楽でいいもんですね(´∀`)

まあそんなわけですから、子供は作るものではなく授かるものだったのです。

そういうわけで、取り上げ婆、または取り上げ爺は、この世に命を生まれいだせもし、また、望まれない命をあの世に送り返しもするお仕事で

そういうことは一般人の日常にも当たり前のように密接していたのです。

「昔は無かった」

のではなく

「あたりまえだった、隠されていなかった」

のです。

今は隠されてしまったから異様に感じる、つまり「そんなことはありません!」と嘘をついて綺麗なところだけ観て生きていこうとしているのです。

生きるってことは汚いし汚いからこそ輝かしいのです。

とは言いましてもまあ、ある程度成長した子供を殺すとかいうのはご家庭の事情には関係ありませんね。

そもそも間引きとカッとなってやった殺人とではベクトルが違うので本来同列に語るのはおかしいですね! サーセン!

ま、つまり母親が子供を殺す時それは子供ではなく「排除対象」ということなのではないかなと。

大きくなった子供がやっかいになったのなら「一人で生きていけや!」と叩き出せばいいのでしょうが今はそうもいかないようで。

色々とシステムを整えると、そこから必ず零れ落ちるものが存在する、そういうイレギュラーが犯罪と名付けられたりくるっていると言われたりするのですね。

勿論それが内実の全てではありませんが。

そうそう、上記で「取り上げ爺」と言いましたが、実は産婆を男性がやるというのは非常に珍しい事例なのです。

女性器に手を突っ込んだりするわけですからためらいとかもあったのかも知れませんが、単純に大体女性がやる仕事だったからみたいですね。

でも群馬県には男性産婆の実例がありますし、その地域の女性たちからの信頼も厚かったようです。

しかし、近代という名前の滑稽な化け物が闇とも呼ばれる人肌温度の“事情”に踏み込んだ時、「男性がそういう仕事をやるのは良くない!」と糾弾され、お仕事を辞めるに至ったとか。

こういう考え方ってキリスト教なのよね。

キリスト教はなぜそこまで女性を弾圧するのか。

それは女性が怖いからなのかな? と思ったりします。

イエスは30歳まで童貞だったそうですし、そういうことなのかも知れません。いえ全然関係ないと思います。

ただ、わたしが確信していることが一つだけあります。

巷で噂の「30まで童貞守ると魔法が使えるようになる」というもの

元ネタはイエスだと思うんだ!!!
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