というわけで
話の前後に全く繋がりがないことはいつも通りですが
六道珍皇寺に行ってみたいのです。
そう思ったきっかけは幾つかあって、まず何より突然「京都逝こうず」と誘われたのがことの始まりでした。
って書くとなんか大仰だなおい。大したことないくせによー。
せっかく旅行へ逝くならばその土地のオカルトスポットに脚を運んでみたくなるのが人情というものです。有名どころは抑えておきたいの是
というわけでなんとなくそういうスポットについて調べてみると、六道の辻というのがヒットしました。
その名前でふっと思い出したのが以下の和歌↓
我逝かむ倒るる野辺の花蔀君に背を向く六道の辻
サムスピですねヽ(゚∀゚Ξ゚∀゚)ノ
わたしもプレイしたことがあるのですが、もうナコルルのことしか思い出せないくらい遠い昔の記憶です。
この和歌、直感でわたしは死んだ君にさようならする歌なのかと思ったのですが、生きてる君にさようならする歌なのですね! いやん
六道の辻といったら、その昔鳥辺野の墓地へ死体を運んでいった道なのだとか。
それで和歌の情景として、死んだ君の死体を鳥辺野の花が群れ咲いている辺りにごとんと寝かせ、来た道、六道の辻を再び戻って行く姿が見えたのです。
ロマンチック!
でも実際のところは六道の辻で君が見送っているとい状況なのかな。
で、その六道の辻という単語で更に思い出したのが「帷子辻」。
京極夏彦の小説『巷説百物語』だったかしら、それに収録されているお話で、元ネタは檀林皇后のお話。
時代は平安初期、めっちゃ美人だった檀林皇后に恋慕するものがイパーイイパイ。
修行僧までもがハァハァする始末で、熱心な仏教徒だった檀林皇后はこの事態を嘆き、
「私が死んだら亡骸は葬らずにその辺りの辻に打ち棄てなさい」
と遺言しました。
美しい自分の体が死によって朽ち果てる様をまざまざと人々に見せつけることで、世の無常、儚さを示し人々の仏心を呼び起こそうとしたのだという。
すばらしいプレイですね、ぞくぞくします。
遺言の通りに檀林皇后の遺体は辻に棄てられ、日に日に腐り、畜生共に食い荒らされ、醜く無残な姿を晒しながら、ついには白骨となって朽ち果てたそうな。
檀林皇后の遺体を辻に運ぶ途中、遺体を覆っていた帷子が風に飛ばされ落ちた場所が「帷子辻」と呼ばれるようになったのだとか言われていたりします。
そこに行ってみたいなあ、と、京極夏彦の『帷子辻』のお話を読んだ時に思ったりしました。
でも帷子辻は六道の辻とは離れているっぽいのでどっちかしか逝けなさそうだな。
で、問題の六道珍皇寺は六道の辻付近に位置しているようです。
しかも近くにはあの有名な『飴買い幽霊』の幽霊が飴を買いに夜な夜なやって来たというみなとやさんが!
あるので行ってみたいです是非いってみたいですもふもふ。
余談ですが子供を生かす為に自分が渡る三途の川の渡し賃使ったっていうのが印象的。
それだけでなく六道珍皇寺には、冥府に通じると言われている井戸があるそうですよ。
これまた平安の頃の人、小野妹子の子孫である小野篁さんが、夜な夜なこの井戸を使って地獄へ至り、そこで閻魔様の裁判の補佐をしていたというのです。
小野篁はあの有名な↓
わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよ海人の釣舟
の和歌を詠んだその人だそうです。ステキッ
というわけで、
冥府と言えば閻魔様、
閻魔様と言えば
ヤマザナドゥ 泰山府君、
泰山と言えば
言わずもがな。
ということで行ってきます京都! しゃっはー!
その前に明日まず東京YAーHAー!
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