こんにちは、わたしです。
かーちゃんが嫌いな男なんていないと思うの。
どんな残虐なドアホウでも、かーちゃんのこととなると、ちょっとウッ って詰まっちゃうようなことがあると思うの。
「お母さんの写真をちゃんと写真立てに入れて飾っているダンテさん」という文面を目にしたら、不意に上記文章を受信しました。
何が言いたいのかと言うと、別に何か確たる思想を掴んだわけではzえんぜんないのですが(常のように)
一部のジョジョでもDIO様がしばしば母親を大事に思っているような言動をとっていたことをも思い出したわけです。
七部SBRのDIOも、終盤では「母親が死んだことはまあいいとして」なんてのたまってもいますが、それまではずっと母親を大切に思っている様子でしたし、子供の頃など猶更。
どんなに悪に染まって、ドブ以下の臭いが漂うようなことを平気でやってのけているような男にも、心安らげる場所はあって、それが母親なのではないかなあとふと思いました。
悪人に対して「お前そんなことしてお袋さんが泣いてるぞ」と言うのは結構大ダメージではないのかな。この歳になってそう思い至る。
ゲスが服を着ているみたいな悪人について感傷に浸るのはやっぱり難しいですが、その辺りの道徳観念をひとまず置いて、臓物をぶちまける系のやんちゃ(ってlvじゃないが)坊主達の「心の安らぐ場所」が「カーチャン」だなあとしみじみ感じ入ったわけです。
結局お前は何が言いたいのだ?
いえ、別に。
SBRのDIOにも幸せになって欲しかったのよわたしは;;
でもそんな殺伐とした生を歩んでいないのなら「心の安らぐ場所」なんてものも別に必要なかろうなのだ。
けどきっとおむねとおむねのあいだの、つまり“たにま”ってばしょには、あたたかなあんしんがあるんだ……きっと……!
凄く関係ないけれど、獣の奏者を再読したいのに手が伸びません。
目の前にあるのだけれど躊躇ってしまいます。
エリンの人生のことを考えてみると、もうそれだけで胸がいっぱいになってとてもページをめくる勇気が湧いてこないのです。
圧倒的な物語、圧倒させる物語、大きな重力が働いている物語。
いつの間にかわたしは大事なものを失っていて、そこへ飛び込んでいく勇気を忘れてしまったのです。
今のわたしはそこに立ち向かう気力が無いらしい。それと3onがなくなったことはzえんぜん関係ないだろうけど、でもほんと上橋先生の作品は神素晴らしい(´∀`*)
どう褒めちぎればいいのか解らないのですがほんと素晴らしい;;;;
読み終えた後、生まれてこられて良かった、と、己の生の出会いを噛みしめられる物語なのです。
勿論獣の奏者も。
そしてクトゥルフTRPGがしたいー
動画ぺたん。
最近よく聴くでござるよ。
かわええ(´ω`*)
そういや一位になりまんたね、おめめりあ( ^ω^)ノ
http://company.gameheart.jp/special/001.php?page=0でもこの会社の運営あんまりよくないらしいですお・w・
ありていに言うとくそってやつみたいです( ^ω^)
PR